地域腎友会


※「北海道腎臓病患者連絡協議会(道腎協)」は加盟地域腎友会は令和4年7月現在で16地域腎友会です。
 広い北海道を8地区に分け、近隣地域が協力して活動することで、道腎協を離脱する地域を防ぎ、また、会員の皆様の全腎協・道腎協とのつながりを残すために8地区の活性化するように試行錯誤をしながら活動しています。
※他の地域にお住まいの方は道腎協にお申し込み下さい。

○旭川地方腎友会
 45年前の道腎協発足当時、旭川地区からは「石田病院(現 北彩都病院)」の施設患者会が参加。1986(昭和61)年に「増田クリニック(現 クリスタル橋内科クリニック)」など市内数か所で透析施設が開院し「旭川地域腎友会」を発足、今年で35周年を迎え、現在、旭川、美瑛町、比布町で19施設で約1,700名の透析患者が透析しています。

〇深川腎友会
 1989(平成元)年7月に会員数21名で結成され、当時は深川に透析の出来る施設がなく、滝川や旭川への通院を余儀なくされ大変でした。現在、患者数は70めお

○稚内地方腎友会
 1980(昭和55)年4月に発足しました。北海道の最北端に位置し行動の不便さはありますが、透析施設がない時代は夜汽車で旭川市まで通院していました。平成17年に透析センターが新築され、ベット数が大幅に増えるなど患者増に対応できる体制になっています。

○富良野腎友会
 富良野協会病院は、1992(平成4)年4月3日に透析室が開設され、医師・スタッフ6名で透析治療を行っていたが、2007(平成19)年に富良野駅の裏に8階建ての新しい病院ができ、通院時間は短くなり、透析室も医師3名・技士6名・看護師8名になり、午前・午後の透析もしています。

○札幌腎臓病患者友の会
 1974(昭和49)年7月14日に10施設148名で発足しました。会長の死により休会しましたが、すぐ再開しまもなく50周年になり2002年をピークに会員の減少してきました。

○小樽後志地方腎友会
 今から43年前の、発足当時、「うのクリニック」の事務長の協力で数名の患者で発足し、その後、各病院で透析施設が開院して、各施設の患者会が集まり、本格的に「小樽後志地方腎友会」を立ち上げました。現在、8施設で約107名の会員がいます。

〇岩見沢腎友会
 2001(平成13)年9月に休止状態だった腎友会を再設立し、さらに「岩見沢クリニック」が開院、現在、2施設で約34名の透析患者がいます。両施設とも会員の交流会・勉強会を開いて地域患者会として貢献しています。

〇江別腎友会
  江別病院腎臓病患者会も、今年で35周年を迎え、最初は3名の同志から始まり、飲み会から始めました。今では患者数は約185名の大所帯となりました。

〇苫小牧腎友会
 Faesbook : https://www.facebook.com/tomajinparty/
?locale=ja_JP
 1975(昭和50)年1月に、「苫小牧市立病院」「千秋病院」の患者が親睦、情報交換の場として会を立ち上げ、最初は14名で「つくし会」としてスタートしました。道腎協設立前でもあり、特例として全腎協に加盟しました。

〇室蘭地方腎友会
 1972(昭和52)年に「室蘭新日鉄病院」が透析を開始して、数年後に患者は20名以上になりました。この時の患者たちが腎友会の結成に動きますが、各地域の透析患者と情報交換が行われるようになりました。そこでは患者会の結成の事も話題になったそうです。

〇伊達地方腎友会
 「伊達赤十字病院」の透析室開設が1973(昭和54)年に開始されたのが始まりで、1986(昭和61)年に「会員個々の意思を結集する」「相互の親睦を図る」「より良い透析効果を維持する」「病気と闘う勇気を持つ」という4つの目標を掲げ、室蘭地方腎友会の支部として「伊達赤十字病院透析患者会」を組織しまっした。

〇函館地方腎友会
 1977(昭和52)年に「腎移植に関する映画と講演会」を医師会が主催した際に、道南地区の情報や医療についての連絡が必要との提案がなされ、同年9月18日に協議会の設立総会が開催され、「道南腎臓病患者連絡協議会」が誕生しました。現在は「道南地方腎友会」に改組し、医療制度・福祉制度の向上に向けて活動しています。

〇釧路地方腎友会
 1976(昭和51)年11月26日、「市立釧路総合病院」の透析患者16名で結成、翌年10月1日には「釧路総合病院」「日赤病院」「労災病院」の3施設で透析患者は43名でした。現在、「釧路地方腎友会」は12施設があり、約672名の透析患者がいます。

〇とかち腎友会
 1972(昭和47)年5月、「帯広市協会病院」で初めて透析治療が開始されました。当時の患者数名により院内に「帯広人工腎臓友の会」が発足、当時は透析機械も少なくて帯広から釧路まで通院していたという患者もいたと聞いています。

〇紋別地方腎友会
  1972(昭和52)2月、上湧別に「曽我病院」が紋別地方で最初に透析施設を開所、最初は4名の患者からで、それまでは北見の病院まで通院していました。当時は交通の便が悪く通院出来ない患者は入院を余儀なくされました。現在は5施設となり通院にかかる時間は少なくなりました。

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